神のみぞ知るセカイ アニメ女神篇完結2013年10月01日 22:18

神のみぞ知るセカイ アニメ 女神篇、先週末で各局、最終話が放映されたようだ。一番の盛り上がりを見せる話が無事に映像になり、うれしい。アニメになるのは3度目。1回目から観ているが、女神篇ではまる。
神のみぞ知るセカイ
単行本の方は、女神篇の後を受けた話に移り、20~23巻まで進んだところ。伏線もなかなか巧妙で、この先も楽しめそう。人気のある作品なので、話の筋は置いておく。

ここからは横道。

ゲームに入れ込む主人公は、ゲームと現実の区別が付かなくなって犯罪者になる、ろくな大人にならない、など、よくある言われよう。こういった言われ様は、メディアでも折にふれ、目に留まるもの。当否はともかく、そんなことはわかっている、というのが一般の認識と思う。

それでも、原作やアニメを観ていて、つきまとうのは、そうでもないのでは、という思い。ゲームと現実(リアル)の境目は、それほど明確か。組織の中でのみ通用する理屈で、仕事相手や同僚を断じるのは、リアルなのか。利益を求めるあまり、そういう判断を下すのは、リアルなのか。引っかかる出来事がいくつも想起されてならない。

ブラック企業を巡る話題がかまびすしいが、経営者が認識してやっているのはまだ救いがある。まるでゲームの中では、別のルールがまかり通るのが当然と、二重基準に疑問なくいるのが救いがない。しかも、組織の中の皆が、同じルールで動いていると始末が悪い。当たり前の感覚のもって行き場がない。意図せず、そんな中に巻き込まれたら、自身が強くあるしかない。長いものに巻かれるのも処世術だが、感覚が麻痺したら手遅れ。

さて、本編の主人公たる、当の本人は、そこのところをよくわかっている。承知の上でゲームの論理を現実に適用しようとするために、実際、女神篇の最後ではらしくなく、打ちのめされたりもする。ゲームに入れ込むあまり人に何と言われようと、こちらの方が救いがある。