濹東綺譚2014年08月27日 19:19


濹東綺譚

永井荷風は、地元にゆかりの作家とのこと。市の図書館にはコーナーがある。地域に関する展示などでも紹介されることが多々ある。
過日、神田の古書店で目に留め、これも縁と、購入する。

濹東綺譚の書名を初めて耳にしたのは、「逮捕しちゃうぞ」の劇場版の一場面。ベテランの刑事が踏み込む間際で作中の句を口にする。探してみると第六話。主人公がかつて詠んだ蚊帳の句を思い出している。刑事は、最近の若い者は知らないと思っていた、と言うが、昭和11年の作。文学好きでもなければ、年配の層でも知らないだろう、と突っ込んだのを思い出す。

映画のせいもあって、舞台は錦糸町のあたりかと思っていたが、もう少し北の東向島のあたり。挿絵を見ると、今の明治通りと国道6号の交差するあたりが描かれている。玉の井の地名が語られるが、今の地図では、建物の名前などに痕跡を残すばかり。

物語の後半は、8月から9月にかけての頃合い。ちょうど、今頃。暑さの描写に共感する。それにしても、蚊はすっかりいなくなった。

小説本体の後、作者のあとがきが30ページほど続く。明治育ちの知り合いが登場し、大正育ちの「現代人」の特徴を、「それは個人めいめいに、他人よりも自分の方が優れているという事を人にも思わせ、また自分でもそう信じたいと思っている」、と評す。その人自身は、「明治時代に成長したわたくしにはこの心持ちがない」、という。現代は、このあたりから始まるのか、そして、今も変わらず続いているのか、と教えられる。

解説には、昭和12年8月に単行本刊行とある。文庫の方は、奥付を見ると1947年に第1刷発行とある。なお、岩波書店のホームページでは、1948年とある。

この時、新仮名遣いに改めたものと思われる。改め方は、出版社によって異なるようで、新潮文庫を底本とする青空文庫と比べると相違がある。読む上では支障はないが、紙の本には、山岡荘八の挿絵が数多く描かれ、より楽しめる。