シャーロックホームズの事件簿2023年09月30日 08:39

最後の短編集、事件簿の英文と訳文の読み比べ。

The Casebook of Sherlock Holmes

英文は、引き続き、Standard EBOOKSから。
ようやく米国でも著作権が切れ、パブリックドメインとして読めるようになった。

シャーロックホームズの事件簿

訳書は、今度は、河出文庫版。Oxfordの全集を訳した全集版を文庫化したもの。Oxfordの全集では、各編の並び順は、単行本の並び順では無く、雑誌掲載順になっているので、ショスコム荘が最後のお話。

特徴的なのは、ホームズ自らが語り手になる編を含むこと。The Adventure of the bleached SoldierとLion's Maneの2つ。ほか、The Mazarine Stoneは、ワトソンでもホームズでも無い第三者の視点によるもの。

少々お高いのは、註や解説が充実しているため。本文は、全体の7割ほど。Oxford版の註を訳したもの、解説などが15%ほど。ほか、参考文献、全集版のあとがきの翻訳、訳書のあとがき、などが続く。参考文献の雑録は、舞台裏を覗くようで興味深いものの、純粋に本文を楽しむ上では少々余計な情報も含みつつ長め。

訳文は最近のものであり、現在の日本語として違和感のないもの。光文社の日暮さんの訳とでは、好みの問題だが、ホームズの格好良さという点では、日暮さんの訳を取りたい。

The Creeping Manの最後のページの辺り、ホームズの人生観を窺わせる一文が記憶に残る。

Consider, Watson, that the material, the sensual, the worldly would all prolong their worthless lives. The spiritual would not avoid the call to something higher.

「即物的な人間は無駄に生に執着するものだが、心を大切にする人は天の迎えを避けたりしないものだ。」 訳文とは別の雑な訳だがこんなところ。

ちなみにAI翻訳では、なかなか文意を捉えられない。古い言い回しということもあるが、訳文を振り返って「文脈に照らしてなんか違う?」と見直す、という手順は踏まない仕組み、ということがわかる。

伊藤博文演説集2023年08月17日 12:59


伊藤博文演説集

文庫の小説3冊分ほどの分量。なかなかの大部。漢文口調の二重否定が多出するので、慣れるまでが大変。

収録演説数は39。有名なサンフランシスコでの「日の丸演説」を筆頭に、憲法制定にまつわるもの、憲法制定から10年ほど経って西日本を中心に漫遊したときのもの(14本)、韓国統監としてのもの(11本)、などを収める。

戦前の、戦争に突き進む政治の流れに導く何かの示唆はないかと読み始めたが、伊藤の姿勢はどちらかというとそれに抗するもの。

主権のよって立つ根拠には天皇の神聖性を置く。しかし、専制政治は否定する。歴史的にもそうであると説く。支配層である天皇と人民は、聖徳太子を引いて「和」をもって歩んできた。したがって、立憲政治を導入して、人民が議会を通じて参与することは、自然なことである、と。

憲法をはじめとする法制度の整備は、欧米諸国との不平等条約を解消することに本義があったといえるが、実際の国家運営でも意義を唱えていたといえる。

経済重視、実学重視の姿勢。その前提として、連邦制の性格を持つ幕藩体制では、国力が分散して欧米に互していけない、故の明治新政府による中央集権体制の樹立。国家間の争議の根底にあるのは、主に経済問題であることを見抜き、経済力の増強を訴える。

中国、韓国の国情の分析。これは、「朝鮮儒教の二千年(講談社学術文庫)」を読んでいたから理解できるもの。読み書きそろばんといった実用が浸透していた江戸の日本とはずいぶんと異なり、現在の感覚では誤解しやすい。

演説では、論敵への非難は避けているが、苦悩の様子は伝わってくる。では、彼等を導いたものは何であったのか。これは次の課題。

読み応えのある演説の数々であったが、こうなると戦後政治家の演説をまとめたものもほしくなってくる。伊藤博文に劣らぬものが揃っていないと寂しい。

戦国日本の生態系、村 百姓たちの近世2023年08月02日 10:34

中世から近世にかけての庶民の暮らしについて、二冊。

戦国日本の生態系

越前の集落について、山間部、沿岸部、窯業製造地、流通の集積地、の各点で人々がどのような生業を営んでいたかを当地に残る資料をもとに明らかにしていく。ボトムアップ式の著述。

いわれてみれば当然のことながら、人々の営みは模式化された単純なものではなく、その地の特質を活かしできることをなるたけ取り組み、周辺とも連携し、領主など上位のものとも丁々発止のやりとりを尽くす。生存条件が厳しいだけに、現在よりもより逞しい。

村、百姓たちの近世

こちらは、組織としての村を起点に、地理、成立過程、行政(内部、上位組織との関係)、農業を中心としたカレンダーと収支、開発限界到達による変質、を明らかにする。どちらかというとトップダウンの著述。

持続的成長が可能な社会、という目で見られがちな近世社会であるが、自然環境に左右される実態はなかなかに厳しく、江戸中期以降は限界に達し必ずしも解答を持っていたわけではない。ややこじつけになるが、この限界突破のために明治の近代化が希求され、現在に解答は持ち越されているといえる。

読んでの面白さ、生々しさという点では、戦国日本の生態系。全体像の把握という点では、村。併せ読むのが正解。

女帝の古代王権史2023年06月05日 07:05


女帝の古代王権史

平安文学などを読んでいて、妻問婚、が成立するような社会とはどのようなものか、疑問に思っていたが、本書でひとつの答えを得た。父系の家族・家産経営ではなく、兄弟姉妹での家族・家産経営を軸とする社会が、東南アジアから東アジアの海沿いにあり、古代日本はその流れを汲む。兄弟姉妹の経営体の女性に、夫が外から妻問婚の形で遺伝子を供給していた、と。

その後、先進の中国文化を受容するにあたり、父系の家族経営の有り様も浸透。歴史のIFのひとつとして、兄弟姉妹の家族経営を元にした社会が主流になった可能性もあったのか。そうならなかったのは、環境的に人口を維持するための出産の負担が重かったのだろう。

現代は、医療をはじめとする技術の進展で相対的に女性の負担が和らぐ。ふたたび、家族・家産経営の有り様が大きく変わりうる転換点にさしかかりつつあるのやも。

絶対数学の世界2023年06月05日 06:57


絶対数学の世界

ゼータ関数まわりの研究界の空気感をよく伝えてくれる。数学についての語りに、折にふれ随想が交錯し、不思議な読み口。数理科学の「リーマン」あたりに目を通していると、見通しやすい。

芭蕉のあそび2023年06月03日 16:14


芭蕉のあそび

文化におけるパロディの役割を、俳諧を例に論じる。パロディや言葉遊びというと、高尚でない、と忌避する向きもあるかと思うが、古今、そこここに現れるもの。むしろ、読み進めると、こちらの方が本質に近いのかも、と思わせる。

この本が必要になったのは、江戸と現代の間に文化の断絶があるため。150年ほどしか離れていないのに、引き継がれていない文脈が多々あり、話が通じなくなっている。それは、和歌であったり、謡であったり。

昨今の映画やドラマ、アニメ、小説類、などもおなじ。西部劇、時代劇、スポ根、等々、世の中から姿を消した後、これらを下敷きにした作品群は、今と違った評価をされる未来があるのかもしれない。

地球外生命を探る2023年06月03日 15:17


地球外生命を探る

著者ご本人が本書の内容を語るポッドキャストがある。これを聞いての購入。

KindleでNo.1312あたり、30%ほど読み進んだところに、「生命も実は散逸構造ではないか」との一節があり、得心。

思うに人間の意識も近しいところがあるのでは。情報の流れが絶えずあることが肝心。機械知性が意識を獲得することがあるとすれば、開放系が構築されるかどうか。ただし、開放系は壊れやすく、商業的には人に及ばないかも。認識などの部品とその組合せのみを便利に使う、今の方向が産業として正しそう。ロマンには欠けるけど。

荻生徂徠「政談」2023年06月03日 13:43


政談

吉宗への政策提言書と言われるもの。当時の世情をつぶさに伝える。尾藤氏の訳は、かみ砕いた現代の言葉で読みやすい。

多くは当時の社会や文化に根ざしたもので現在に当てはまるものではない。しかし、巻の3、役人や役所に関するもの。ここは、現代のビジネス書としても通じる一節。政談が描かれたのは江戸開闢から100年ほどのこと。戦後80年の現代と世情は通じるものがある。