六韜と正法眼蔵2022年10月29日 14:42


六韜

正法眼蔵、第44「仏道」に六韜からのやや長文の引用がある。
第10 挙賢
第1 文師
解説とあわせ読むと、六韜は平安期の知識人の一般教養の一つとしてよく読まれ、道元も仏書以外に楽しみを見出すことに否定的ながら、おもわず引き合いに出してしまったというところ。

他方、六韜は太公望と周の文王の対話の形をとるが、太公望の著作かという点で見ると、偽書とされ、今の時代にしっかりとした読本は少ない。その中で中公文庫の一冊は手に取りやすい。前半が訳文、後半が書き下し文。

ただし、正法眼蔵などの引用と対照しようとすると、白文がほしい。また、本文もかなり差異があり、底本を示してほしいところ。

ジュリスト2019年4月 - パワハラ予防の課題2022年10月24日 08:10


ジュリスト2019年4月

特集は、「パワハラ予防の課題」。少し前の記事だが、現在の問題。成功体験が伴うことがあるのが厄介。指導の要素が絡むのが難しい。

P.37 @職場
パワハラの判断では、「人格」がキーワードとなる。
人格の否定、人格への攻撃、を伴うと賠償責任が肯定されやすい。

P.40 @スポーツ界
日米比較が行われているが、どちらがよいという話ではなく、文化の違いが異なる問題を惹き起こしていることを示す。
よくある「アメリカのやり方にならえ」では解決せず、自文化の問題を正面から認識して事に当たることが必要なのだろう。

P.50 パワハラの定義@学校現場
1.パワハラとは方法の問題である。目的により正当化されない。
2.パワハラとは一方向的な作為である。
3.パワハラとは一人ひとり異なる子供の差異の無視である。

P.77 連載「新時代の弁護士倫理」
ホットポテト法則;アメリカの法曹倫理
法律事務所は、依頼者を熱いジャガイモを放り投げるがごとく扱ってはならない。
儲かる別の事件を受けるために受任中の事件を放り投げるようなことを諫める。

P.81 地理的表示(GI)制度をめぐる現状と課題
八丁味噌の事例を取り上げる。伝統製法に拘る地域と、近代製法を取り入れる地域の対立。後者がGIを申請したため、前者は猶予期間が過ぎると「八丁味噌」を名乗れなくなる。他方、前者にGIを認めると地理的範囲が狭くなりすぎる。なかなかに難しい。

ジュリスト2019年3月 - ブロックチェーンと商取引2022年10月11日 12:46


ジュリスト2019年3月

特集は、ブロックチェーンと商取引。2019年時点の議論のせいもあるが、まだ、議論は未熟。現時点でも、「分散」がいかに保証されるか、消費電力が過多に過ぎないか、などの議論は十分でない。

時論 神戸市における認知症の人に対する事故救済制度の意義と課題 P.68
認知症の人が起こした事故について、責任論はさておき、被害者の救済を図ろうとするもの。自己責任論から、社会全体で見ていこうとする機運の一つ。広がるといいのだが。

連載 知的財産とビジネスの種 「デレブ」のパブリシティ権 P.74
deleb; dead celebrity
マイケル・ジャクソンの事例など。

連載 働き手・働き方の多様化と労働法 雇われない働き方 P.76
皮肉の効いた文章。
時論と同じように、大きな制度変更の過程では、社会で支えるという視点が必要だが、制度変更の合意は得られにくく、その間になし崩し的な変更で困窮者が多数生じる、そんな未来が容易に想像できる。現在進行中の課題。

正法眼蔵2022年09月08日 08:36


正法眼蔵

最初、岩波文庫の厚い4冊を手に取り、最初の十ページほどで断念。小難しい本もいろいろ読んできたつもりだったが、手に負えないと思ったのは久しくなかった。いきおい、古書店で、日本思想体系本と、しばらく経って日本古典文学大系本も手に入れたところで、積ん読。

この度、一念発起して、再挑戦。思想体系本は、文庫の底本となったものだが、さすがに頭注など充実していてなんとか読み進む。ただ、寺田透の解説は、個性が強く、事前に読んで読解の役に立つという感じではない。

解説の点では、古典文学体系本が優れる。冒頭のもの、収蔵する11巻の巻頭に掲げられたもの、それぞれ要点を押さえたわかりやすいもの。事前に目を通しておくならこちら。

それでも、法華経をはじめとする諸仏典に通じていることを前提にする記述も多く、半分ほど読んだところで、中村元の仏教経典散策(角川)を手に取り、事前に読んでおけば、と少し後悔。ちなみに漢和辞典は必携。

思想体系本に収めるのは、辨道話、75巻正法眼蔵、12巻正法眼蔵。文庫は、加えて付録の5巻。古典文学大系には、75巻正法眼蔵から11巻と、随聞記。一日1~2時間かけて4ヶ月ほど。読了と言いたいが、なんとか目を通した、というのが正直なところ。

とはいえ、道元が面前で講演、講義をしてくれているかのような、肉声が感じられるような語り口は、厳しい口調であることも多いのだが、就寝前の読書体験として格別。

これは、という巻を挙げると、75巻本の24巻「画餅(ワヒン)」。題名の通り、画に描いた餅の話。馴染みの話だが、急展開して、思わぬところに導かれる。

全巻を通して感じるところ、道元は、人にはいろいろのものがあり、仏道の真理に至る契機もいろいろ、したがって、百近くの巻を編み、誰しもその中のひとつでもふたつでも契機のひとつになれば、という思いがあったのでは、と。もっとも、書物に頼らず、只管打坐せよ、と繰り返し書いているのではあるけども。

随聞記は、年表に照らすと、寺というか、参集した面々の組織運営を、懐奘に引き継ぐはじめより、正法眼蔵の執筆を本格化させるまでの、懐奘による5年ほどの記録。正法眼蔵の厳しさに対し、現実の処世での苦労を窺わせる内容。少し柔らかめの口調とあわせて、人間「道元」を感じることのできる一文。

世界の都市の物語;ソウル、ニューヨーク、イスタンブール、ウィーン2022年05月05日 09:07


世界の都市の物語

20年ほどの前の本。姜在彦(カン ジェオン)の朝鮮半島の儒教の歴史本を読んだ後、同じ著者の「ソウル」を手に取り、著者名にひかれて、猿谷要の「ニューヨーク」、陳舜臣の「イスタンブール」、森本哲郎の「ウィーン」と進む。

都市を紹介する本ではあるが、地理よりも歴史に軸があり、ここ20年の状況を別にすれば、内容は古くない。

読み物としては、ニューヨークが出色。次いでウィーン。様々なエピソードとそれにかかわる人物に、著者の随想を織り交ぜ、その都市を実際に巡っている気分にさせてくれる。イスタンブールは、少し同じところをぐるぐる回る感じ。ソウルは、儒教史に興味があれば。

ニューヨーク; もとオランダの植民地。ニューアムステルダム。英蘭戦争で英国領。読んだばかりのスピノザの頃。ヨーク公の名を取って命名。

イスタンブール;黒海、カスピ海周辺の複雑な歴史的事情を頭に入れるにもいい。アルメニアの虐殺をもたらした社会背景など、今の戦争につながるものがあるのかもしれない。

ウィーン;ここでも読んだばかりのウィトゲンシュタインが登場。ヒトラーの同時代人として、20世紀初頭のウィーンの語り部となる。

挙げた3都市は、どれも多数の民族が接し、新たな文化を興し、極論すれば世界を生み出してきた街。東京とは異なる街。東京の未来がめざす先なのか。

スピノザ2022年05月02日 10:42


スピノザ

ウィトゲンシュタインを読んだ勢いで、積んでいたスピノザを片付けようと手に取る。問題は読む順。以前、執筆順に従い、知性改善論から手を付けたが中座。

スピノザは17世紀のオランダの人。日本だと元禄の少し前、水戸光圀あたりが同時代人。光の波動説のホイヘンス、ボイル=シャルルの法則のボイル、微積分法のライプニッツが、往復書簡集に登場。ケプラーへの言及(P.175)もある。

世情や人びとの考え方が現在と大きく異なり、そのあたりを埋めつつということで、短論文、エチカ、往復書簡集、と進める。次いで、スピノザ自身の哲学から外れ、デカルトの哲学原理。応用ともいえる、国家論。そして、まとめに、知性改善論。ほか、神学・政治論があるが、手許にない。

書簡集P.165 (英蘭戦争を受けて)人間の本性を嘲笑することは私に許されず、ましてやこれを悲観することは許されないと考えるのです。

書簡集P.321 (文通相手)実にこの奇蹟の上にのみ神の啓示の確実性は築かれうるとほとんど全てのキリスト教徒が信じていますのに。

このような世情をうけ、今でいう炎上にはずいぶん気を遣っている。書簡51に幽霊に関するやりとりがあるが、異なることを信じる人が理解し合うことが難しいのは、時代を超えて変わらない。

国家論P.183 思うに人々を恐れによって導くことしか意図しない国家は過失のないことはありえようが、進んで有徳の国家とはなりえない。人間というものは、自分は導かれているのではなくて自分の意向・自分の自由決定に従って生きているのであると思いうるようなふうに導かれなくてはならない。

このあたり、欧米の近現代の政治思想に連なるものがある。また、ある意味、論語の思想に接近している面も。

ウィトゲンシュタイン2022年05月02日 09:48


ウィトゲンシュタイン

最初、文庫の「論理哲学論考」を手に取ったが、命題調に綴られた短文のそれぞれは、意図が取れなくもないが、全体としてはなんともいえない。

もやっとしたまましばらくいたが、解説書があるのを見つけて手に取る。「ウィトゲンシュタインはこう考えた」は、論考にとどまらず生涯の著作を、草稿やメモを手がかりに読み解こうとする。これが唯一ではないにしても、1つの読み方として、知的なわくわく感を存分に感じることができる。

P.151 「信仰を持つ」とは「生と世界に意味があると考え、そのように生きること」

生の意味を問うきっかけとなったのが、第一次大戦でロシア軍に対する前線に立ったこと、というのは、現在への示唆を含む。

P.326 (言語ゲームの解説として、) 言語を習得するのは (中略) 我々の生の様々な型を体得する過程であり、人間という存在になる過程そのものである。

P.408 「私は知っている」という知の言明を行うとき、その言明において言語と「私」が同時に生まれる。

晩年に向けてのこれらのくだりは、人が生まれて、教師なし学習によって言語を習得し、それとともに「私(自我)」を獲得する、という科学的な認識に、哲学的思考により到達していたとはいえないか。

ウィトゲンシュタインが、生涯を掛けて「私」を見出した旅の記録、そんな読後感。

マジカルランド シリーズ;ロバート・アスプリン2022年03月09日 14:48

水玉さんの挿絵つながりで、マジカルランドシリーズ。
翻訳は矢口悟氏で、早川FTから16冊。版切れで古書サイトでかき集める。

マジカルランドシリーズ

最初の巻は1978年刊で、訳本は1997年。その後、翻訳が追いついて、16巻は2005年刊で、訳本は2008年。平凡な人間のスキーヴが、異世界の魔物然とした魔術師オゥズ(登場早々に魔術の能力を失う)に師事して、続々登場するキャラクターたちとドタバタを繰り広げる。途中、ジョディ・リン・ナイが共著に加わる。

初巻の解説によると、ピアズ・アンソニイのザンス(Xanth)シリーズと並ぶ、ユーモア・ファンタジーの双璧。今、USのAmazon.comを見ると、XanthシリーズはKindle版も含めて健在なのに対し、マジカルランド(Myth)シリーズはほぼKindle化されず、古本がかろうじて。Xanthシリーズはファミリーコメディ寄り、Mythシリーズは社会風刺寄り。このあたりが、今の読者の獲得の差異につながっているか。ネット社会やクレジットカード社会を笑い飛ばすあたりは、そんなに古くないと思うのだけど。

アスプリン逝去の記事

ロバート・アスプリン氏は、2008年5月に逝去。上は、SFマガジン2008年8月号の記事。

翻訳は16巻までだが、シリーズは続き、Amazon.comで調べた範囲では、こんなところ。
2006 Myth-Gotten Gains;オゥズ活躍編。16巻のあとがきで訳者の予告はあったのだけど。
2007 Myth-Told Tales;短編集。
2008 Myth-Fortunes;オゥズ活躍編。
2009 Myth-Chief;スキーヴ活躍編。
2011 Myth-Interpretations;短編集。アスプリン未刊の短篇を含む。
2016 Myth-Fits;ジョディ・リン・ナイ単独作。

本作と言えば、章の前に付けられた巻頭言が秀逸。著名人の一言なのだが、著者の創作。いかにも言ってそうなところが面白い。身近なところでは、ドナルド・トランプ氏が1994年と2005年の巻に登場。ずいぶん前から、言動は注目されていたのだと知る。