スピノザ ― 2022年05月02日 10:42
ウィトゲンシュタインを読んだ勢いで、積んでいたスピノザを片付けようと手に取る。問題は読む順。以前、執筆順に従い、知性改善論から手を付けたが中座。
スピノザは17世紀のオランダの人。日本だと元禄の少し前、水戸光圀あたりが同時代人。光の波動説のホイヘンス、ボイル=シャルルの法則のボイル、微積分法のライプニッツが、往復書簡集に登場。ケプラーへの言及(P.175)もある。
世情や人びとの考え方が現在と大きく異なり、そのあたりを埋めつつということで、短論文、エチカ、往復書簡集、と進める。次いで、スピノザ自身の哲学から外れ、デカルトの哲学原理。応用ともいえる、国家論。そして、まとめに、知性改善論。ほか、神学・政治論があるが、手許にない。
書簡集P.165 (英蘭戦争を受けて)人間の本性を嘲笑することは私に許されず、ましてやこれを悲観することは許されないと考えるのです。
書簡集P.321 (文通相手)実にこの奇蹟の上にのみ神の啓示の確実性は築かれうるとほとんど全てのキリスト教徒が信じていますのに。
このような世情をうけ、今でいう炎上にはずいぶん気を遣っている。書簡51に幽霊に関するやりとりがあるが、異なることを信じる人が理解し合うことが難しいのは、時代を超えて変わらない。
国家論P.183 思うに人々を恐れによって導くことしか意図しない国家は過失のないことはありえようが、進んで有徳の国家とはなりえない。人間というものは、自分は導かれているのではなくて自分の意向・自分の自由決定に従って生きているのであると思いうるようなふうに導かれなくてはならない。
このあたり、欧米の近現代の政治思想に連なるものがある。また、ある意味、論語の思想に接近している面も。
ウィトゲンシュタイン ― 2022年05月02日 09:48
最初、文庫の「論理哲学論考」を手に取ったが、命題調に綴られた短文のそれぞれは、意図が取れなくもないが、全体としてはなんともいえない。
もやっとしたまましばらくいたが、解説書があるのを見つけて手に取る。「ウィトゲンシュタインはこう考えた」は、論考にとどまらず生涯の著作を、草稿やメモを手がかりに読み解こうとする。これが唯一ではないにしても、1つの読み方として、知的なわくわく感を存分に感じることができる。
P.151 「信仰を持つ」とは「生と世界に意味があると考え、そのように生きること」
生の意味を問うきっかけとなったのが、第一次大戦でロシア軍に対する前線に立ったこと、というのは、現在への示唆を含む。
P.326 (言語ゲームの解説として、) 言語を習得するのは (中略) 我々の生の様々な型を体得する過程であり、人間という存在になる過程そのものである。
P.408 「私は知っている」という知の言明を行うとき、その言明において言語と「私」が同時に生まれる。
晩年に向けてのこれらのくだりは、人が生まれて、教師なし学習によって言語を習得し、それとともに「私(自我)」を獲得する、という科学的な認識に、哲学的思考により到達していたとはいえないか。
ウィトゲンシュタインが、生涯を掛けて「私」を見出した旅の記録、そんな読後感。
マジカルランド シリーズ;ロバート・アスプリン ― 2022年03月09日 14:48
水玉さんの挿絵つながりで、マジカルランドシリーズ。
翻訳は矢口悟氏で、早川FTから16冊。版切れで古書サイトでかき集める。
最初の巻は1978年刊で、訳本は1997年。その後、翻訳が追いついて、16巻は2005年刊で、訳本は2008年。平凡な人間のスキーヴが、異世界の魔物然とした魔術師オゥズ(登場早々に魔術の能力を失う)に師事して、続々登場するキャラクターたちとドタバタを繰り広げる。途中、ジョディ・リン・ナイが共著に加わる。
初巻の解説によると、ピアズ・アンソニイのザンス(Xanth)シリーズと並ぶ、ユーモア・ファンタジーの双璧。今、USのAmazon.comを見ると、XanthシリーズはKindle版も含めて健在なのに対し、マジカルランド(Myth)シリーズはほぼKindle化されず、古本がかろうじて。Xanthシリーズはファミリーコメディ寄り、Mythシリーズは社会風刺寄り。このあたりが、今の読者の獲得の差異につながっているか。ネット社会やクレジットカード社会を笑い飛ばすあたりは、そんなに古くないと思うのだけど。
ロバート・アスプリン氏は、2008年5月に逝去。上は、SFマガジン2008年8月号の記事。
翻訳は16巻までだが、シリーズは続き、Amazon.comで調べた範囲では、こんなところ。
2006 Myth-Gotten Gains;オゥズ活躍編。16巻のあとがきで訳者の予告はあったのだけど。
2007 Myth-Told Tales;短編集。
2008 Myth-Fortunes;オゥズ活躍編。
2009 Myth-Chief;スキーヴ活躍編。
2011 Myth-Interpretations;短編集。アスプリン未刊の短篇を含む。
2016 Myth-Fits;ジョディ・リン・ナイ単独作。
本作と言えば、章の前に付けられた巻頭言が秀逸。著名人の一言なのだが、著者の創作。いかにも言ってそうなところが面白い。身近なところでは、ドナルド・トランプ氏が1994年と2005年の巻に登場。ずいぶん前から、言動は注目されていたのだと知る。
感染の広がりモデルにおける吸収状態遷移 ― 2021年11月16日 18:10
少し前の記事になるが、「数理科学」2017年7月号の「非平衡相転移におけるミクロとマクロ」から。伝染病の広がり等を単純化したモデルを例に、「一度入ったら二度と出ることができない巨視的な状態」である吸収状態に、入るか入らないかの相転移(吸収状態遷移)を解説する。
実際の所は、後年の研究に待たなくてはいけないが、現今のコロナ感染の急速な低下を見るに、吸収状態遷移が起きたのでは、と思わせるものがある。この場合、大小の感染クラスタがミクロ自由度にあたり、社会という大きなスケールでの感染爆発や収束といった相転移をもたらすのか。立証は大変だが、仮にできたとしても一般向けの説明は難しそう。そういうもの、としか言いようがない。
The Elder Gods - Book One of the Dreamers ― 2021年09月12日 08:10
David and Leigh Eddings夫妻の最後の長編。4分冊の1冊目。
荒れ地に住む異形のものたちが、神々の治める土地に攻め入る動きを見せ、神々は自分たちに課せられた制約を補おうと、自らの地に住む海賊や傭兵といった荒くれ者たちを戦いに誘う。1冊目では、最初の戦いの顛末まで。
Eddings夫妻の著作では、ベルガリアード物語とマロリオン物語はハヤカワのFTで。その次は、翻訳を待てずに、まだ、オンライン書店として育ち盛りのAmazon.comでThe EleniumとThe Tamuliのシリーズを手に入れ、通勤の電車の中でむさぼり読んだ。
これらは、いわゆる英雄譚で、主人公たちが成長し、困難を乗り切る様を楽しむ物語。個人的には、日本のラノベあたりにもそれなりの影響があったのでは、と思うところ。対して、今回のThe Dreamersのシリーズは、神々が表に出てくる。超常の力を振るう彼らには、ちょっと感情移入しにくい。そのあたり、Amazon.comの評も辛口のものが多い所以か。
Eddings夫妻が、おそらく最後の長編になることを意識しながら、なぜ神々を主役の位置づけで描こうとしたのか、興味のあるところだが、この先明らかになるのかしらん。
水玉さんの描く、きゆづきキャラ ― 2021年08月30日 16:42
ふたたび、水玉さんの本。ワンフェスのワンダちゃん、SFまで10万光年以上。ページをめくっていくと、きゆづき作品への言及がちらほら。
ワンフェスのワンダちゃん
p145;ニジュクとサンジュ;ワンフェス2008年冬
p153, 155;ノダちゃん;ワンフェス2010年と2011年の冬
SFまで10万光年以上
p163;2000年9月号掲載分。おそらく、この頃嵌まっていた作品の列挙の中にGA。他には、らき☆すた、あずまんが、けいおん。まあ、そういう仲間だよね、という謎の納得感。
これで終わりにしようと思ったのだけど、アスプリンのマジカルランドシリーズを大人買い。どれも古書店だけど、全巻とはいかないまでも結構揃う。ハヤカワさんも、これらに限らず、電子化してくれるとうれしいんだけど。
緋色の研究 ― 2021年07月16日 10:55
事件簿は、米国の著作権が切れていないので、緋色の研究。英文と訳文の読み較べ。
英文は、引き続き、Standard EBOOKSから。
訳書は、光文社文庫から。2006年の訳。日暮さん。現代の日本語として、これまで読んできたものの中で一番自然なもの。本文は、Kindleの目盛りで90%くらいまで。注釈と解説がつづく。注釈は充実したもの。ちょっとしたホームズ辞典。
一応、長編に位置づけられるが、分量としては、最後の挨拶の7割ほど。うち、半分ほどが事件の背景にある過去の描写なので、ホームズの活躍としては、短篇2~3編分ほど。ホームズ自身も単純な事件と言っているし。
それでも、短篇と違ってホームズはきちんと説明してくれるし、二人のなれ初めや、若かりし頃の姿の描写など、短編集を読んだ後では、なおのこと、興味を惹く。
最後の挨拶 ― 2021年07月02日 19:58
冒険、回想、帰還、につづいて、最後の挨拶。英文と訳文の読み較べ。
英文は、引き続き、Standard EBOOKSから。
訳書は、創元推理文庫から。2014年の訳とあって、これまででもっとも自然な読み口。ちょっと難しい単語を用いて雰囲気を出そうとしている節が少々。訳者の深町さんは、それなりの年代なので、自然と出てしまうか。末尾に(Kindleで95%くらいから)、戸川氏の解題と、日暮氏の解説。
英語版では回想に入っていた、The Cardboard Boxを収録。
物語の方は、ホームズもワトソンもやや説明口調が多め。その分わかりやすいとも言えるが、これまでのキレの良さがやや影を潜める。末尾の「最後の挨拶」は、ちょっと変わった書き口。前半、歴史小説のような展開。ドイルは、こちらが自分の本来の姿と主張しているようでもある。
Bruce-Partington Plansの事件では、ロンドンの地下鉄が活躍。ちょっと地上に出ている部分があって、丸ノ内線を知っているとイメージしやすい。現在の路線図と見比べると、London BridgeとAldgateがつながらない。London Bridge対岸のMonumentだと、うまくいく感じなのだけど。
短編集は、もう一つ、事件簿、があるが、こちら、米国では、著作権満了が2023年ころ、ということで、Standard EBOOKSでは未収録。Amazonで見ると、いろいろあるが、信頼ある出版処で、以前紙で読んだPenguinは少々お高いが、HarperCollinsなら300円くらいと、それほどでもない。まあ、あと少し。待ってみるか。
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