横川駅の今と昔2013年08月09日 21:28

8月7日、今夏の青春18切符3回目は、横川に向かう。1997年8月に訪れて以来。16年ぶりか。長野新幹線ができて、横川と軽井沢間が廃止になると聞いて出掛けたのだった。久しぶりに訪れて、駅はどう変わったのか。

横川駅高崎方面1997年
1997年8月、改札のあるホームから高崎方面を見る。奥の方で線路は右に向かう。名物のおぎのやの釜めしの売り子が賑やか。

横川駅高崎方面2013年
2013年8月、同じホームから高崎方面を見る。後ろの方に、弁当とそばを売るスタンドがあり、釜めしを入手できるが、ホームはずいぶんと静かになった。

横川駅碓氷峠方面1997年
今度は、反対側、碓氷峠方面を望む。1997年8月、線路はずっと奥まで延びている。規模の大きい車両基地が控える。

横川駅碓氷峠方面2013年
2013年8月。線路は、線路止めで止められ、奥の方に今は、碓氷峠鉄道文化むら、となった施設が見える。

横川駅外観1997年
横川駅北口の外観。1997年8月。

横川駅外観2013年
同じく、2013年8月。こちらは、建物はおそらくそのままだが、外観は、きれいに化粧直しされた。

横川駅普通列車1997年
普通列車の停車中の様子。1997年8月。釜めしを求める人の姿で賑わう。当時は、ここでしばらく停車して、軽井沢、長野方面に向かう人が多く乗車していた。窓を開け、売り子を呼んで買い求める客も多い。

横川駅普通列車2013年
同じく、2013年8月。横川駅は終点となり、降車が済んだ後のホームは静か。乗客は決して少なくはない。車両も3両ある。それでも、終点。列車は折り返しを待つ。

横川駅EF63 1997年
最後に、1997年の好きな写真を1枚。峠を越えるのに、機関車を増結する作業。このために、やや長めの停車時間だった。

峠越えがなくなり、駅は重要な中継点から、静かな終着駅になった。賑わいはなくなったが、思いの外、当時の面影を残す。

アプトの道2013年08月10日 12:29


アプトの道起点
横川駅の先、旧熊の平駅までは、アプトの道として、遊歩道に整備されている。途中まで信越本線の複線の一方をアスファルトで埋め、その先は、単線だったころの旧道を進む。片道6km。パンフレットによると2時間の行程。横川駅を出発するのは、13時の予定。戻ってきて、鉄道文化むらをまわる余裕があるか。朝9時半、暑くなりすぎないうちに進もう。

アプトの道からの鉄道文化むら
しばらくは、信越本線の複線の一方を進む。左手に、碓氷峠鉄道文化むらの屋外展示が見える。機関車を中心に車両は充実している。

碓氷関所跡
山に分け入る手前に、碓氷関所跡がある。遊歩道からは100m程離れる。資料館もあると声をかけられるも、まずは、終点を目指す。

アプトの道片側はトロッコ軌道
いよいよ山に分け入る。振り返るとこんな様子。複線の信越本線、左が遊歩道。右は、トロッコ列車を運転する軌道。

旧丸山変電所跡
しばらく進むと旧丸山変電所の後。

旧丸山変電所跡説明文
道すがらの史跡には、このような説明が充実。近代遺産のよい学びになる。

アプトの道すがら白秋の碑
信越本線の線路から別れしばらく進むと北原白秋の碑。「碓氷の春」の歌を刻む。

この先に、峠の湯。温泉施設だが、火災があり、閉鎖中。工事業者が入って修復中。トロッコ列車の終点、とうげのゆ駅を過ぎる。

アプトの道一号トンネル
旧道に移る。この先、トンネルと橋梁が連続する。まずは、一号トンネル。中はひんやり。暑くなってきたところ、一息つく。

アプトの道から碓氷湖
碓氷湖が左手に現れる。アプトの道から湖畔にはずいぶんと下らないといけない。先を急ぐ。

アプトの道から信越本線を望む
右手上方に信越本線の架橋が見える。道ばたには、特急が通る様子を写したパネル。往時は、撮影ポイントだったか。

アプトの道めがね橋橋上
めがね橋を渡る。上から覗くとその高さにぞっとする。

アプトの道めがね橋脇から覗く
煉瓦作りのきれいな橋。脇からそっと覗く。

アプトの道トンネルは続く
トンネルと橋梁が続く。薄明るい照明のトンネルに、ヨコハマ買い出し紀行の一節(51話)を思う。(http://kc.kodansha.co.jp/content/top.php/1000000070)
トンネルは10号トンネルまである。

アプトの道標高634m
このあたりで標高634m。横川駅から250mほど登ったことに。スカイツリーができて後、634m標識をよく見る。確か、日光にもあった。

アプトの道9号トンネル
後半は短いトンネルが続く。9号トンネルからは最後の10号トンネルが見える。

アプトの道熊の平駅
熊ノ平駅に到着。時計を見ると出発から1時間半。2時間はかからなかったが、時速4kmペース。思いの外登りが効く。ゆっくり登れば2時間は妥当なところ。

アプトの道熊ノ平殉難
殉難の社。この道を通すのはそれだけの難事業だった。

アプトの道アプト式開通の碑
アプト式開通の碑。アプトの道の「アプト」は、アプト式のこと。碓氷峠の急な坂道を歯車をかみ合わせて登る仕掛けが必要だった。

アプトの道熊ノ平駅の先
熊ノ平駅から、碓氷峠方面を望む。この先は進めないが、碓氷峠が控える。軽井沢まで水平距離はもう少し。

アプトの道熊ノ平駅の位置
アプトの道は、地図にない。GPSで現在位置を確認する。Google Mapではこのあたり。

アプトの道トロッコ列車
帰り道。ちょうど、トロッコ列車が、とうげのゆ駅から、戻ってきた。帰りは、1時間。ちょうど12時。下りなので、予定よりずいぶん早く着いた。出発まで1時間ある。鉄道文化むらを見に行く。

アプトの道もんしろちょう
アプトの道は、山の緑と空の青が美しいだけでなく、花や昆虫たちにも会える。左右に二羽のもんしろちょう。みちすがら、数多くの蝶がひらひらと舞っていた。

アプトの道オニヤンマ
空きの蜻蛉には早いが、オニヤンマか、大型の蜻蛉が縄張りを主張して滑空していた。

アプトの道、廃線巡りというよりは、自然の中の散策として楽しめるコース。関東平野にいると景色に山が恋しくなるが、久しぶりに堪能した。

碓氷峠鉄道文化むら2013年08月10日 14:02


碓氷峠鉄道文化むら入り口
横川駅に戻り、碓氷峠鉄道文化むらを目指す。まずは、水分補給が優先か。
大宮の鉄道博物館と比べると威厳が足りない。

碓氷峠鉄道文化むら案内図
場内の案内図。かつての車両基地をそのまま活かした形。

横川車両基地1997年
1997年8月の様子。奥の車両整備の建物は、そのまま展示場所に。

碓氷峠鉄道文化むらEF63
その展示場所に位置するのが峠越え主役のEF63。屋外を含め多数展示がある。

碓氷峠鉄道文化むらER63運転室
運転室に登り、中を覗く。

碓氷峠鉄道文化むらEF63パネル
要所にパネル展示。しっかりとした解説。写真のEF63 8は、1997年に駅で出会った車両。

碓氷峠鉄道文化むらヘッドマーク
注目すべきは、なにげに置かれたヘッドマークなど。車両の整備工場であったろう建物内には、無造作に当時をしのばせるものがそこかしこに。予算の都合でいちいち説明はつけられないが、わかる人には見てもらいたい、との意図を感じる。

碓氷峠鉄道文化むら屋外車両展示
車両の展示は、屋外が中心。数と威容は鉄道博物館に勝る。機関車は太陽の下で見るのがいい。

碓氷峠鉄道文化むらお座敷列車赤城
お座敷列車赤城、一両目は冷房が入って解放されている。園内におぎのやの売店があり、購入した釜めしをお座敷列車の畳の上で食べるのがよさそう。園内は、かつての事務所を改装した資料館を除くと屋内スペースは数少ない。暑い日は冷房の効いた車内がほっとする。

広い園内に多数の車両。車両のある公園の趣。展示の力の入れ様は、鉄道博物館に及ばないが、青空の下、かつての勇姿を目の当たりにできるのはうれしい。子供向けの設備が多いのは措いておき、長年働いた車両たちのがんばりをじっくりと愛でたい。

おぎのやの釜めし2013年08月10日 15:11

横川駅の名物。おぎのやの釜めし。(http://www.oginoya.co.jp/)
訪れると、なぜか、食べてしまう。駅北口の本店は、平日だったが、お昼時でほぼ満席。終着駅となってもこの賑わいはうれしい。
店内は混み合うので、駅前に用意されたテント席でいただく。せっかくなので、1997年当時と見比べる。

峠の釜めし2013年
今回いただいた釜めし。駅の販売所で購入。

峠の釜めし1997年
1997年の釜めし。実用新案登録の番号が違う。お新香は中に入っていたか。

峠の釜めし内容2013年
ふたを取る。写真を撮る前に、忘れて一口いただいたのは愛嬌。大きな杏が目をひく。昔はあったかな。

峠の釜めし内容1997年
こちら、1997年。確かにあった。うずら、鶏肉、しいたけ、たけのこ、ごぼう、グリーンピースに紅ショウガ。具は、ずっと変わらず。

峠の釜めし900円1997年
現在の釜飯のお値段は1000円。1997年は、写真の台車の文字を見ると900円。あまり変わっていない。

峠の釜めし横ゆく猫
外の風に吹かれ、暑い中、まだ暖かい釜めしをいただく。横をゆく猫。旅先では、猫によく会う。だいたい一枚は猫の写真が混じる。
やや薄めの味付け。お弁当は味の濃いものが多いが、意外と印象が薄いのはそのせいか。だが、歩き疲れた身にはやさしい味。

吾妻線で嬬恋2013年08月10日 15:49


信越本線みかん電車
横川から高崎に戻り、吾妻線を目指す。横川駅では、懐かしのみかん電車に迎えられる。高崎周辺ではまだまだ健在の様。

吾妻線万座鹿沢口駅
高崎からは、吾妻線直通の列車。今度もみかん色。万座・鹿沢口行き。終点は、大前だが、そこまで行く列車が少ない。らちがあかないので、万座・鹿沢口まで行き、終点の大前まで徒歩で接続する。Google Mapで目測して3kmないくらい。30分強で着くはず。

嬬恋村マンホール
このあたりは、嬬恋村。マンホールがかわいい。

吾妻線大前駅
吾妻線の終点、大前駅に到着。無人駅。目測通り30分強で到着。国道は、3分の1くらい歩道がなく、注意して歩く。コンビニは、万座・鹿沢口駅を少し過ぎたところのセブンイレブンが最後。補給は早めに。

吾妻線大前車止め
駅のホームから奥を望む。線路の終わり。

吾妻線大前駅時刻表
大前駅の時刻表。3~4時間に1本。これでは、本駅を制覇するのは、なかなかの難儀。帰りの列車まで1時間弱ある。吾妻側の奥に向かって遊歩道があるので散策。

吾妻川みずあそび
このくらい上流に来ると吾妻川も穏やか。地元の子供が水遊びする姿。

吾妻川防災堤防
反面、川岸はコンクリートでしっかりと補強され、ものものしい。それだけ荒れる川ということか。下流に八ッ場ダムが工事中であることを後で知る。

吾妻川とんぼ
吾妻川の堤にも蜻蛉。こちらは秋になると赤くなる種類か。

吾妻線大前駅列車到着
戻ると、ちょうど折り返しの列車が到着。一日5本しか来ないのだから貴重。無人駅なので車掌に18切符を見せてから乗車。

帰り道、長野原草津口からまっすぐに伸びる新線、岩島の手前でコンクリートの大きな橋脚から本線に向かう新線を見る。車中で調べると川原湯温泉駅周辺は八ッ場ダムで水没するため、付け替え線が工事中。見たところ、橋梁は、ほぼできあがっている。トンネルと橋梁で直線主体の路線に生まれ変わる。観光地に急ぐ特急にはうれしいだろう。ダム自体の完成は4年後らしいが、線路の付け替えはそれより早いか。(https://www.jreast.co.jp/construction/public/index.html#19)
川原湯温泉駅周辺では、線路の曲がり方が急なのだろう、列車は徐行して、ゆっくりと進む。この感じは廃止前の羽幌線を偲ばせる。この雰囲気を楽しむのなら早めに。

ローカルのDNSサーバをたてる ~ openSuSE2013年08月15日 15:24

PCが一台でインターネットにつないでいるなら、そのPCの名前解決の設定をすればよいだけだが、他に複数の機器があるときは、ローカルの名前解決の手段を持つのが便利である。手が空いたので、懸案のローカルのDNSサーバの設定を行う。IPアドレスを持つ機材は、何気に増えている。

・いつも使っているPC
・予備のPC;壊れたときの非常用
・ルータ
・FLETS光のモデム
・ネットワークスイッチ
・ESXiのサーバ(vmware)
・ESXiの中で動くLinuxやWindows
・NAS(兼メディアサーバ)
・EPSONの複合機;ネットワーク経由で印刷とFAX
・AVアンプ;NASのメディアファイルをDLNAで再生
・スマートフォン

AVアンプまでIPを持つ時代になった。複合機もUSBでなく、ネットワーク接続の方が、複数の機材で共用できる。スマホも家では、無線LAN経由で通信費を抑え、速度を稼ぐ。上記のうち、固定IPを振るものは、DNSで管理できる。動的にIPを振るものは、DHCPとの連携まで考えなければならない。今回は、前者まで進める。目的を整理する。

1)IPアドレスを持つ機材に名前でアクセスできるようにする。~今回のテーマ
2)IPアドレスを動的に設定するものは、DHCPとの連携を行う。~次回のテーマ

大きな組織だと、組織内とインターネットからのそれぞれの名前解決や、一部の機材が壊れても大丈夫にする手当、セキュリティなど、他にも目的がいろいろ出てくる。そうなると片手間にはできないが、小さな組織なら今回程度の目的で十分用を成すはず。教科書類は全てを網羅しようとするので手強い。目的別のガイドがあると重宝するのだが。

今回のDNSサーバは、Linux上に設ける。巷では、CentOSやUbuntuの人気が高いようだが、うちは昔からSuSE (openSuSE)。バージョンは少し前の12.1 (今は12.3)。最初のころは、RedHatやTurbo、Kondara、Slackwareなどいろいろ手を出したが、ReiserFSが好みで、SuSEになった。カメレオンが2匹ほど棚の上にいる。ReiserFSは作者が刑事事件を起こしたり、Extも信頼性が高くなり、最近は流行らないが、今でも現役。SunのVeritasFSへの憧れからだったか。

SuSE Linuxでは、GUIの管理ツールとして、yastを使う。DNSは、複数箇所の設定が連携するので、GUIだとあちこちの画面の設定を整合させる必要がある。設定ファイルの直接編集が好まれるわけである。それを承知で、今回はyastから設定する。SuSEのサイトに解説があるので、それに従う。
http://doc.opensuse.org/documentation/html/openSUSE/opensuse-reference/cha.dns.html
※英文なのはご容赦。設定例で構文上必要な「; (セミコロン)」が抜けていたりするのは、要補完。

他に、@ITの記事( http://www.atmarkit.co.jp/flinux/index/indexfiles/bind9index.html )、BIND開発元の文書( http://www.isc.org/downloads/BIND/ )、定番のO'REILLYの「DNS and BIND」の書籍( http://www.oreilly.co.jp/books/9784873113906/ )などが身近にあるといい。最も書籍の方は、何でも書いてある反面わかりにくい。だから、雑誌やBLOGの記事が数多くあるわけだけれども。ここでは、要所のみかいつまんで示す。
※あくまで個人の備忘録の域は出ない。あしからず。

yast
yastの画面。Network Servicesの最初の方に、DNS Serverの設定がある。

Network Settings
と、その前に、一つ前のメニューのNetwork Settingsを確認しておく。これから設定するローカルのドメイン名と同じものが設定されていること。確認後、DNSサーバの設定を改めて起動。Wizardに従い設定を進める。

Forwarders
ローカルにないものは、外部のDNSを見に行くように設定する。asahi-netであれば、こんな感じ。
http://asahi-net.jp/support/guide/flets/0405.html

DNS Basic Options
Basic Optionsのタブは、たいがい自動の設定のままでよさそう。allow-queryの項目で、問い合わせを受け付ける範囲を限定する。ここでは、ローカルのネットワークからのみ。

TSIG keys
将来、DHCPとの連携を行うため、TSIGの鍵生成をしておく。動的更新を可能に設定するときに、必要になる。手で設定する場合は、相手先のIPアドレスを指定するのでもよいが、セキュリティが甘くなるので、yastは許してくれない。

DNS Zones
ローカルに設けるDNSのゾーンの設定を行う。正式なドメイン名を持っているならばそれを設定するが、そうでない場合は、現実のものと重複しないような値をつける。ここでは、プライベートアドレスの領域:192.168.101/24に、c5d5e5.athome、という名称を付けた。athomeなんてドメインはない。ローカル使用限定。localとでも付けたいところだが、問題が出やすい名前なので避ける。下が正引き、上が逆引きの設定。

Zone Editor
正引きの方の設定。上の「動的更新を有効にする」にチェックを入れるためには、TSIG keyをあらかじめ作っておかなければならない。一番下に逆引きの設定との連動が表示されているのは、逆引きの方で設定を入れたため。

Zone Editor 2
Recordsのタブで実際のIPアドレスの登録を行う。DHCPで登録するものは除く。登録でエラーが発生してしまうときは、yastをいったん終了し、ファイルを編集する。この辺りは、Linuxでは想定が必要。だいぶ、無くなってきたのだけれども。


Rev Zone Editor
次は、逆引きの方。一番下に、連動させる正引きの設定を登録する場所がある。ここは、yastを使うと楽なところ。あとは、最初の画面に戻って、設定を保存し、DNSサーバを再起動する。その後、コンソールからnslookupやdigなどを用いて、期待通りの動きをするか確認する。

普段使いのPCは、DHCPからIPアドレスを拾ってくるので、DHCPサーバの方も手を入れなければならない。こちらは、CiscoのルータをDHCPサーバに使っている。

ip dhcp
internalとwlanのDHCPプールを設けているが、それぞれ、DNSサーバとドメイン名を適切に設定する。他のDHCPサーバでも同等の変更を行う。変更後、設定を取り直すために、PC(Windows)で ipconfig /renew を実施する。その後、ipconfig /all で設定を確認し、nslookupで期待する動作をするか確認する。

nslookup
外部サイトはasahi-netの所定のDNSサーバが、ローカルサイトはローカルのDNSが答えている。これで一段落。

採用例の少なそうな構成なので、手順の雰囲気のみつかんでいただければ。例はたくさんあった方が、悩んだときに正解にたどり着きやすいと信じて。なお、DNSの設定は誤ると世間に迷惑をかける。外部からの攻撃の標的にもなりやすい。余計なパケットを通さないなど、セキュリティ対策は万全に。メールシステムなど、DNSに依存するサービスは止めておく。今回は少し失敗した。

ローカルのDNSとDHCPを連携させる2013年08月17日 18:39

ローカルのDNSが動いたところで、DHCPと連動させる。ここで誤算。DHCPサーバは、Ciscoのルータで運用してきた。CiscoのIOSのドキュメントにDDNSの文書があり安心していたが、目的が異なっていた。
http://www.cisco.com/cisco/web/support/JP/docs/CIAN/IOS/IOSSWRels15_1/CG/001/iad_ddns.html?bid=0900e4b1825ae5ce 
Ciscoの文書で説明しているのは、インターネットにつながるinterfaceに対し、外のDDNSのサービスを利用して、IPアドレスと名前をひもづけるもの。固定IPを契約せずに、外から自宅にアクセスできるようにするような用途向け。DHCPの説明はあるが、外向けのインターフェースにIPを割り当てる用途に絞られるようだ。今回のように、閉じたLAN用ではない。それ専用の機器は別にあるようだが。

進路変更。

DNSサーバと同じくopenSuSEの上にDHCPサーバを移す。今回も懲りずにyastで設定。openSuSEのサイトにDHCPの設定手順があるが、DDNSとの連携の説明はない。
http://doc.opensuse.org/documentation/html/openSUSE/opensuse-reference/cha.dhcp.html
機能はあるので進める。

DHCP Server Configuration
yastからDHCP Serverを選択。LANインターフェースを選んでEditボタンを押す。と、その前に、右下のAdvancedから、TSIG Key Managementを選択。

TSIG Key Management
DNSの設定で作成したKeyファイルを選んでAddしておく。

Subnet Configuration
戻って、LANインターフェースを選んでEdit。Subnet Configurationのメニューが現れる。右下の、Dynamic DNSのボタンを選択。

DDNS Configuration
タイトルは誤っているが、DDNSの設定が現れる。先ほどのTSIG Keyを設定。正引きと逆引きのZoneをDNSの設定通りに設定。以上。

DDNS Syslog
実際に動作するか、試してみる。
YAMAHAのAVアンプの電源を投入。CL-1EC85という名前が登録される。これでは、名前があってもわからないか。製品の型番とも関係ない。ややセンスがない。
次に、EPSONの複合機の電源を投入。EPSON59A73Eという名前が登録される。これはかろうじてわかる。
WindowsのPCは、コントロールパネルで設定したコンピュータ名で登録される。

SuSEでは、DNSのZoneの設定は、ここにある。
/var/lib/named
手では編集しない。DynamicのZoneは、dynディレクトリの下。

これで、IPアドレスがあるが、何者かわからない、という状態はやや改善されたか。機器が設定しようとする名前がわかりにくいと効力減。ともあれ、長年のToDoリストの項目はこれで完了。

名前がわかりにくくても少しは便利?2013年08月18日 19:00

ここまでで、ローカルのDNSをたてて、これもローカルのDHCPと連携させ、事務機器、家電、スマートフォンが名前でアクセスできるようにした。名前がわかりにくくても、ブラウザに登録する分には、少しは便利になる。動的に取得するIPアドレスでは、URLを登録しても、使えなくなったりするが、機器が自分で名前を登録する分には、この問題は解消しそうだ。

EPSON複合機
こちらは、EPSONの複合機。Web管理画面といっても至ってシンプル。本体の液晶画面を見る手間が省ける程度。

YAMAHAのAVアンプ
YAMAHAのAVアンプ。全部英語。北米なんかではニーズがあるのか。

こんな感じで、URLの部分を名前にしておけば、付与されるIPが変わってもつながる。しかし、DNSやDHCPをきちんと整備する自宅や事務所はどのくらいあるのかしらん。本気で管理するには、機能は十分ではないし。最近は、スマートフォンで管理する方がはやりだが、仕組みを見ると無線LAN接続。もう少し使いやすく作ることもできるということ。リモート管理のイメージがスマホの登場でメーカ側もつかめてきた、そんなところか。