常磐炭田の景色を求めて ― 2016年08月09日 11:09
広野を出て、いわきへ。「燃えたぎる石」の舞台、常磐炭田の跡を巡る。最寄り駅は、内郷だが、接続が悪い。曇天をよいことに歩く。

いわき市街は、ちょうど七夕のお祭り。平七夕祭り。浴衣姿がちらほら。

新川沿いの遊歩道を進む。

少し予定をオーバーして内郷駅に到着。

駅前を右手に進むと、跨線橋。ふもとに、白水阿弥陀堂への案内板。2キロほど。この案内に沿って進む。

跨線橋を渡る。視界を遮るものがなく、列車を撮るにはよいポイント。

案内板に従い、新川沿いの道を20分ほどで、白水阿弥陀堂に到着。堂内に上がり、しばし、手を合わせる。

阿弥陀堂の周辺は池。右手に蓮池が広がる。

ちょうど、花頃。

山道脇に、みろく沢石炭の道・遊歩道の案内図。これを反時計回りに進む。

お寺を過ぎると、遊歩道入口の標識。

順路かと疑う、細くて急な登り道。

山道になる。

と、現れる、通勤山道の標識。この道が通勤路とは大変。

しばらくで、露天掘りの跡へ。本を読むとわかるが、露天掘りはすぐに続かなくなり、構内掘りになる。

とはいえ、最初の頃は、こんな狸掘り。しっかりとした坑道を築く技術がなく、海外から技術を取り入れる必要があった。

資料館へ続く道。

突き当たりを右で資料館。

道が終わるところが「みろく沢炭鉱資料館」。無人。

中の展示の様子。当時の道具類とたくさんのパネル。

パネルの一つに、往時の内郷駅の様子。盛んに石炭を搬出する蒸機全盛の頃。

外には復元された採炭現場。

石炭層は、真ん中の緑とその下の白色の層に挟まれた黒い部分。思いのほか薄い。海外の大規模な露天掘りに適わないのも納得だが、これが近代日本を支えた。

帰路。途中に、作中にも登場の加納作平の碑。

風化して読みにくいが、おそらく、主人公の片寄平蔵の碑も。

常磐線の帰路。特急の通過待ち。ようやく姿を収めることができる。特急銀座の常磐線だが、速くてなかなか捉まえられない。
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