空き家の冒険 - シャーロック・ホームズの帰還2021年06月14日 20:27

回想につづいて、帰還の英文と訳文の読み較べ。

シャーロック・ホームズの回想

英文は、引き続き、Standard EBOOKSから。

空き家の冒険

訳書は、岩波少年文庫。訳文の印象とは異なり、意外と最近で2000年の刊行。Kindleの電子書籍で。13編中、5編の収録。ホームズが帰還する表題作の他は、血なまぐさいもの、政治的なもの、女性が乱暴されるもの、などを除いた選択か。

・空き家の冒険
・ノーウッドの建築業者
・六つのナポレオン像
・三人の学生
・金ぶちの鼻めがね

訳文は、こちらも直訳調。少年文庫とあって、漢字表記を抑えてかなが多い。読んでいて、これという違和感はないが、やや堅苦しい感じ。2000年の刊行とそう古くないが、訳者の林氏の晩年の訳とあってか。

少年文庫のターゲットは、小学校高学年から高校生くらいだろうか。言葉は時代とともに変わることを考えると、20年に一度くらいは改訳して、その親の世代くらいの訳者のものを読ませてあげたいところ。

少年文庫版には収録されていないが、自転車乗りの話の冒頭、1894年から1901年の間は、忙しく充実した日々、とある。他方、回想のマスグレーブ家の話の中で、ホームズは1880年頃の緋色の研究の頃は、そこそこ名も知られ人脈もできていたが、そこに至るには長い期間を要したとある。探偵業を天職と意識したのが大学在学中だから、おそらく30歳前後。すると、帰還の話は、40台後半~50台の話。その割には、アクティブな活躍を見せる。

また、これも少年文庫版には収録されていない編(スリークウォーターバックの失踪)だが、警察犬のはしりのような活躍もあって、この時代の捜査手法の進展を感じられる。

山海経(せんがいきょう)2021年05月18日 15:02


山海経

せんがいきょう、ないしは、さんかいけい。1973年刊のシリーズものからの単行本化。新書と文庫の間くらいの判型。中国の古典を読んでいると、時折、参照されるのでどんなものかと。

全部で18経。うち最初の5経が五蔵山経で、2/3程の分量。洛陽の周辺の記事。どの方角のどのくらい先にどんな山があって、採れる鉱物、草木、動物を列挙する。ときに、神とよぶ、その地の主と言えるような存在に触れる。戦国時代以前の成立ではないかと。

次いで、以遠の記事を収める、海内経と海外経が8編。さらに、より遠くの記事を収める、大荒経が4編に、海内編1編。これらは、地名と来歴、その地に住む人物(といっていいのか不思議な存在)について示す。五蔵山経より少し後の時代の成立の様子。

解説に、絵図の説明文ではないか、とあるが、そんな感じで淡々とした文がつづき、読みやすいものではない。清代の刊本からの挿絵が豊富にあり、想像を補ってくれるのが幸い。儒教や道教の広まる前の中国の、素朴とも言える世界の見方の一端を教えてくれる。索引があれば、中国古典を読む際のハンドブックとして重宝するのだけれど。

シャーロック・ホームズの回想2021年05月11日 14:18

冒険につづいて、回想の英文と訳文の読み較べ。

回想

英文は、引き続き、Standard EBOOKSから。

シャーロック・ホームズの回想

訳書は、今度は、早川書房から。2003年版。Kindleの電子書籍で。

Amazonの商品説明では、12編収録とあるが、実際は11編。英書だと2編目に来るThe Cardboard Box(段ボールの箱)は、ちょっと猟奇的な内容なので、収録する版と別にする版がある。早川は収録しない方を、原書にしているようす。有名なライヘンバッハの滝の事件が最後に来る集。

訳文は、英文の構造に沿ったもの。正確さを意識した文章。訳語の選択も、そんなに引っかからない。ただ、その帰結として、日本語の文章としてみると、ちょっと違和感が出てしまう。19世紀末頃の英文自体が古めかしいせいかもしれない。ある意味、これはしかたがない。

最終編の「最後の事件」は、語り口から、それまでの編とは明らかに異なる。ドイルもさすがに力を入れて書いたと思わせる。残念ながら、努力は報われず、続編を書くことになるのだけど。

末尾に、解説として、冒険、回想の出版を巡るドイルの事情が説明されている。後世に読み継がれるかどうかは、文学作品としての高尚さとは相関しない、ドイルには悪いが、それを実証してしまっている。昨今の小説でも、意外と、なろう発とかの作品の方が、100年経っても読まれているかも。

TPPと法改正 - ジュリスト2019年2月2021年01月18日 07:38


ジュリスト2019年2月

特集は「TPPと法改正」。著作権や商標権まわりを扱う。

著作権の保護期間を70年に(P.23)。
主張していた米国がTPPから離脱したが、凍結せず、そのまま立法化。EUとの交渉で合意していたからかも。保護期間の最終日は12月31日。暦年主義で、翌年から起算。

配信者等に対する二次使用料請求権は、TPP11の発効に伴う改正法で付与(P.33)。
とはいえ、ダウンロードした音源は、約款で配信を不可とするものが多く、配信業者はレコード会社から直接入手することが多い。インディーズレーベルなどが主な対象となりそうだが、配信一覧の管理がされておらず、課題。

著作権違反の非親告罪化(P.34)。
対象はデッドコピーに該当するものに限定(P.36)。従来も告訴なしで操作が行われた例が存在(P.38)。裁判では、検察官が告訴状の証拠調べを請求しないと区別がつかない(P.39)。悪質な事件なら告訴が得られるはずであり、今までとあまり変わらないか。公訴権濫用のケースが出てくるかどうか。

判例速報では、マリカー事件の地裁判決(P.8)。
不競法についての請求で救済されるとし、著作権法についての判断はせず。使用許諾を誤認させるとして、使用差し止め等を認める。

連載「新時代の弁護士倫理」。
米国には、法廷侮辱罪など、弁護士にも訴訟上の制裁があるが、日本にはそのような制度はない(P.61)。懲戒や、相手方からの損賠は請求されうるが。高い行動規範が期待されている。

時論「日本における「成年」制度の成り立ちと社会的意義」。
20歳、というのは、1876年(明6)の太政官布告に始まる。この布告は、なんと、大宝律令ないしは757年の養老律令によるという(P.79)。これら律令の運用は、平安時代には形骸化。江戸の頃は、地域ごとに、地域の事情に合わせた運用。明治になり、20歳と決めたものの、世間一般の認識としては、徴兵年齢としてのもの。成人年齢として定着したのには、戦後、成人の日の果たした役割が大きい。20歳で成年、というのは、意外と、大層な根拠はなく、最近になってからのもの。

最高裁 時の判例。当たり馬券の払戻金は、雑所得か一時所得か(P.96)。
ソフトウェアによる機械的な売買ではないケース。それでも、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認められ、雑所得と判断。偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって頻繁に馬券を購入する、態様が認められる。

経済法判例研究会、ガチャの景表法違反による課徴金納付命令(P.99)。
「窮極進化」の対象が一部なのに、「進化」を混ぜて、紛らわしい表示。「ガチャ」商法極まれり。

労働判例研究、「ベネッセ顧客情報漏洩刑事事件」(P.119)。
IT業務の請負が、4段にわたる。漏洩を起こしたのは、最後の4番目の請負会社の従業員。事件はともかく、これでセキュリティを確保しようというのには、無理がある。世間はようやく、DXだ、セキュリティだと、声を上げ始めているが、こんな契約や体制では、中身は伴わない。

維摩経2021年01月17日 18:09


維摩経
ebook japanの電子版。底本は、初版1966年の16刷。大乗の初期の経典群のひとつ。解説によると、般若経の思想を受けて成立したもの。2世紀頃までか。

俗世から距離を置いてのお寺の修行、というイメージと異なり、世間にあって、人との関わりを通じての思索と行動を説く、というあり方が新鮮。とはいえ、その説く内容は、酷い現実であっても心の救いをもたらす一方、現実の変革力を持つのか、とも考えてしまう。

解説によると、唐の詩人、王維。字は摩詰。本書からとったものとは面白い(P.256)。

消費者契約法改正 - ジュリスト2019年1月2020年11月29日 20:56


ジュリスト2019年1月

特集は、「消費者契約法改正」。冒頭は、いつものように座談会。消費者側、事業者側、研究者側のそれぞれ。

事業者側は、抽象度が高い条文は事業を萎縮させる効果が高いので、内容を明確にしたい、行政法並みの努力を求めたい、と(P.25)。これまでであれば、判例の蓄積を待つ、ところだが、社会の変化が速く、それを待てない。

それならば、何でもお上が決める「行政国家」のほうがいいとなりかねない。経営者も、民主主義の担い手の一人、とすれば、予測可能性に頼りすぎず、不確実性に対する応分の負担は必要、と捉えることも必要か。

三者の議論がかみ合うようでかみ合っていない。どうも、それぞれの消費者像に差異がある。消費者の実態は千差万別であることを考えると、見ている場所が異なる。

結果、改正によって実現したのはわずか(P.71)。コンセンサス主義の限界と指摘するが、社会の変化が速いときの立法の難しさを表している。だからといって、被害の後追い立法、しかできないというのも。

冒頭の、裁判官に聴く、は、労働訴訟。新規受件数は、リーマンショック以後、毎年3000件台の高止まり(P.iii)。裁判にいたるケースはほんの一部だったはずが、ずいぶん増えている。権利意識の高まりというよりも、事態の深刻さを示している。

実際の審理では、就業規則の定め方如何が争点の設定に大きく影響する(P.87)。就業規則は大事。

相続法改正と実務 - ジュリスト2018年12月2020年11月18日 20:24


ジュリスト2018年12月

特集は、「相続法改正と実務」。40年ぶりの改正。ひとつは、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」の制定。さらに、配偶者居住権と配偶者短期居住権の新設。等々。

平成29年度の死亡者数は、約134万人。その中で、公正証書による遺言書、それ以外の遺言書で検認されたもの、あわせて12.7万通。約1割の人が遺言書を作成しているという(P.46)。法務局での保管制度は、それ以外の遺言書の検認手続を不要とするもの。金融機関は歓迎しているようだが(P.48)、利用は進むかどうか。近所の法務局で調べてみると、保管料は4000円ほど。相続する側からすると、公正証書で残してくれた方が手間は少ないらしい。

配偶者居住権は、建物についてのもの(P.44)。居住権を相続で選んだ配偶者は、終身で住居は確保できることが大きいが、後にお金が必要になっても現金化ができない。別途、所有者との間で、買い取り請求権を合意するなどの運用が必要か。相続によって所有者になった人にとっては、所有権が大きく制限される。この居住権、実際の評価額はどうなるか。実務の趨勢を確認したい。なお、パートナーシップ制は対象外。これからの課題。

連載「債権法改正と実務上の課題」は、最終回。解除と損害賠償。工場経営者が、近所の火災の延焼で工場が被災し、契約した製品の納品ができなくなったときにどうなるか、といった例を元に議論を進める。契約を結んで債務を負うことの意味と責任について、軽々に考えてはいけない。経験ある会社経営者には自明かもしれないが、ある日、勤め人をやめて個人事業主となった身にはそうでもないかもしれない。覚悟のいる話。

Werner Vogels (Amazon CTO) 14年越しのインタビュー2020年11月16日 20:40


Werner Vogels

ACMの会誌にAmazon CTOのWerner Vogels氏のインタビュー記事が掲載。14年前の記事にさすがと唸ったのを思い出す。今回、主にS3のサービスを取り上げ、飛躍的に拡大し、複雑化した今に至る取り組みと現状を語る。

当時(2006年)、S3のサービスは8つ。2019年は262。システムのデザインの基本は変わらない。自分たちは、「プラットフォーム」ではなく、「道具(ツール)」を作るのだという。プラットフォームの例としてWin32や.NETの体系を挙げ、これらは大規模で複雑で、使い手とのやりとりを通じて素早く変革を遂げることはできない。だからこそ、小さくて小回りが利く「道具」でなければならない。

世の中の変化の速度が速く、質的にも量的にもビジネスの変化の速度が速くなる、そこを見通しての慧眼。クラウドのサービスは、一見、かつてのメインフレームのサービスに重なるように見えるが、異なる。「道具」とはどんなものか。使い手と作り手の立場から、いくつか例を示す。

後半では、開発チームが巨大になった故の苦労も語られる。新しいサービスが既に廃止を決めたAPIを使おうとしていた、との例を挙げ、情報や知識の共有のあり方について、ヒントを与えてくれる。この悩みからはAmazonといえど、逃れられない。

印象的だったのは、序盤の一文。S3が、インターネットのさまざまなサービスと比べて、数世代は先を走っているのは何故か、との問いに対して、それは先に始めたから、時間の問題に過ぎない。加えるなら、その間、使い手との間で改善や変革のためのやりとりを絶え間なく続けてきたから、と。

それを可能にすることを第一にしたシステムのデザインを徹底できたことが、今のAmazonの姿の根底にはある。